精神分析過程 第1章 転移の集結

2020-09-03

D,メルツァーの1967年の論文「精神分析過程」の中の第1章「転移の集結」についての要約と解説。精神分析の自然史、倒錯、メタ心理学の発展、自閉症、美の享受、閉所、夢生活など多彩な仕事をメルツァーは残している。

D,メルツァー「精神分析過程 第1章 転移の集結」(1967)

メルツァーとマーサ・ハリス

図1 メルツァーとマーサ・ハリス

メルツァーの80歳の誕生パーティーでキャサリン・マック・スミスと踊るメルツァー

図2 メルツァーの80歳の誕生パーティーでキャサリン・マック・スミスと踊るメルツァー

D,メルツァー「精神分析過程 第1章 転移の集結」(1967)要約

1.概要

 子どもへの精神分析の導入にあたって、初期の転移である「精神分析のセッティング」と「週末休暇による分離」に関する転移を扱うことの重要性を指摘している。

2.はじめに

 精神分析へと向かう動機は現状維持を保ちたいことと、統合された状況に向かいたいということの2つの相克(相容れないものが、お互いに勝とうと争うこと)。精神分析状況では後者の動機の方が強く作用している。

 子どもは精神分析の入り口では様々な対象を飲み込み広がっていき「迷子」になってしまう。このことは子どもも怖いと感じるものであり、そのため「境界」を設けようとする。「境界」は家との情緒的隔たりであり、家の本質は両親、とくに母親の身体である。

3.精神分析家の値踏み

 最初の出会いでは、子どもは一方で親を、一方で精神分析家を捉えて、そのやりとりを見ている。両親の説明、出会った時の精神分析家の態度、物腰など。

 精神分析場面では、精神分析以外の領域で大人が子どもと持とうとする関係と異なる関係を精神分析家は子どもと結ぶことを目的とする。すなわち、家から分離した広範囲な関係の樹立を企て、最終的にはプライベートで協調的で責任のある作業へと発展することを望んでいる。これはクラインの手法によってのみ達成可能であり、精神分析の明確なセッティングと方法に結びついた解釈が、精神分析家の利用しようとする有機的な性質(自然史)と結びついて、精神分析のプロセスを始動させる。

(1)この目的を達成するためには

 両親は子どもに対して精神分析に連れてくる目的や精神分析プロセスの情報を最低限にとどめて欲しい。時間、面接頻度、精神分析家の名前のみ知らせて、あとは子どもに直接聞くように伝えて欲しい。これによって子どもは精神分析家に対して最も強い迫害感を抱き、これが陰性の結合力へと向かう。そして、精神分析家は無意識的/意識的不安を解釈し、かつセッティング、方法、精神分析的手順の意図を明確にすることによって迅速に陰性の結合力を相殺するように働きかけねばならない。

(2)精神分析への導入期 = 「転移プロセスの集結」

 2、3週間〜数ヶ月続く。適切な技法と最小限の正確さを備えた解釈さえあれば、手に負えない抵抗は起こることは少ない。例外は母子間における「二人組精神病(片方が精神病であるときに、もう片方も妄想などの類似の精神病的様相を示すこと)」である。ただし、これは巻き込まれていたのが母親であることもある。

4.子どもの生活空間は転移プロセスに満ちている

 子どもの「境界」の内側では、陰性の結合力を付与された対象が排除される傾向にある。また、内側では内的対象関係との関係は流動的であり一定しない。変わりやすさこそが子どものパーソナリティの際立った点である。

 また、内的状況の外在化、行動化によって内的/外的の境界も曖昧になっていく。子どもの内的対象となっている外界の諸対象が症状(恐怖症、強迫的儀式、いじめっ子への妄想的関係、食べ物の選り好み)を持っているのかもしれない。そのため、成人の患者の症状に見られるような恒常性と結晶化された(固定化された)ような柔軟性のなさを子どもが示すのであれば、その子どもは極端に病的ということになる。

 流動性と移行のしやすさがあるからこそ、子どもに精神分析的アプローチを利用できると言える。外的対象との関係は子どもの制御を超えて行動化されてしまう。このことを困難と感じる程度は子どもによって異なる。

 思春期青年期(11歳以後)との違いは、子どもは行動化によって内的対象を外在化するのに対して、思春期青年期では自己の部分を投影する(精神病者に似ており、精神分析は困難)。この違いが子どもに精神分析を導入することを可能にする。子どもは内的対象を外在化してから外界でその代理物を見つける。そして転移関係へと進んでいく。代理物との関わり方はこれまでと異質で代理物は子どもが望む役割を演じることを求められる。これはおもちゃとの関係と同様で、いずれ壊れ、無くなり、課された役割が不適切であったとされる。同様に子どもたちと繰り返し接触する大人が誰であれ、子どもは転移的に重要な意味をその大人に向けていく。また、子どもは絶えず新しい転移対象を探すが、このことが子どもの不安定さを維持するものであるし、特定の成人と強固な協調関係を作ってしまうことで「二人組精神病」が現れることもある。

5.出会いの場で解釈が担う役割

 精神分析家との出会いでは、子どもはよく分からない人物に対して、ゆっくりとだが矢継ぎ早に観測気球(観察)の打ち上げを行う。それはプレイ、態度、振る舞い、発言に現れる。これは、子どもが精神分析家を相互行動化に巻き込もうと意図したものだが、精神分析家がそこに解釈を与えることで子どもは非常に驚きを覚えることになる。

 この意味は転移の行動化に加担せず、解釈を与えることで、より深い不安が和らげられること(クラインの指摘)、子どもから投影同一化された部分の苦痛を取り除いて戻すこと(ビオンの指摘)である。

6.転移の集結

 転移プロセスが素早く起これば不安が緩和されるため、臨床的な障害が軽減されることがある。しかし、これは「転移性治癒」であり「健康への逃避」とも考えることが出来る。この軽減が長く続かないことを両親に伝えておくことは重要である。

 初期の転移の集結は成人よりも子どもの方が起こりやすい。成人では最初の数週間〜数ヶ月は偽協力、偽転移といった見せかけの期間があるが、子どもにはない。成人は「精神分析家」を知っておりそのイメージを押し付けるが、子どもは精神分析家を知らないため、男性には「医師」、女性には「教師」など馴染みのある人物の役割を即座に精神分析家に押し付けることも一因である。

7.セッティング

 子どもはその子自身のスタイルで転移現象を表現してくる。スタイルそのものはさして重要ではなく、大切なのは不安がコンテインされるためのセッティングが出来上がりそれが維持されることであり、ここで言うセッティングとは境界を定めることである。幼い子であればプレイルームの内外という地理的な境界、潜伏期の子どもは精神分析家が子供から課された教師や叔父などの役割を拒否すること、思春期の子どもでは「ティーンエイジャー世界」に反目する「成人世界」を代表することを精神分析家が拒否することである。

 最初の数週に渡るセッティングに関する技法的問題を取り扱っている間は臨床素材は移ろいやすいものであり、ある時は性器的エディプス期で、ある時は乳幼児的である。そこでは迫害不安と抑うつ不安が交互に現れて混乱が生じている。これらの混乱はセッティングの問題を取り上げることによってもたらされる空想であり、きっぱりした態度で扱うことで限界設定の必要性がより浮き彫りになるかもしれない。

  • 例1)待合室での分離時の対応によって、精神分析家が迫害者を投影同一化される。これにより子どもの攻撃性に対する限界設定が見えてくる。
  • 例2)同様の対応が受動的女性的なエディプス的素材を導くようであれば、身体接触に対する限界設定が必要になる。

 限界設定を伝えたことに対して、子どもが飴を渡すなどの同性愛的で誘惑的な懐柔策を行うのであれば、贈り物を受け取らない理由を明確に示すことが必要である。このことで、子どもは躁的で肛門期的な作用から便意を生じ、精神分析家が現実的なトイレの対応を行うこともあるだろうが、これに伴う誘惑、迫害不安をそれぞれ異なったものとして説明する必要がある。

 初期のセッションでは臨床素材が以前の素材から潜在内容を引き出すのではなく、セッティングに関連した精神分析家の振る舞いに対する反応として臨床素材が現れる。この素材が引き続き出現するのなら、解釈のプロセスが必要であるし、空想と繋がって維持する能力と考えられる。【転移形態の集結】

8.週末休暇の分離

 一方この流れとは別のものが週末休暇で起こる分離、個別化に関する転移である。様々な形で表現した後に絶対確実な防衛、投影同一化を継続して使用するようになる。この防衛を適切に扱わないと転移が深まらずに長期間が過ぎ、その間、遅刻、セッティングへの批判、盗み、終了時間前に終わろうとするなどの問題が起こる。そのため、セッティングを告げられたことの子どもの反応に潜在する不安を精神分析することが必要となる。【転移の深まり】

 【転移形態の集結】と【転移の深まり】が相互に作用することで精神分析への関わりが深まる。このことに触れると子どもに心の痛みが生じるため、子どもは精神分析家への依存に抗おうとする。そのため、精神分析家は専門的に世話をすることが求められる。

「(抜粋)解釈がこころの痛みを変容できる時期が来るまでは、痛みの投影を受け取ることが痛みを調整する」

*この初期の相はかなりの程度、精神分析家の技量と臨床的判断の影響を受ける。

 非精神病の成人は外的対象への転移パターンが子どもよりも安定している。「中年期危機」の年代まではほとんどの成人が青年期のパーソナリティ構造を持ち続けているが、乳幼児構造のコンテインメントや心的現実への気付きは、子どもに比べて著しく制限されている。また、精神分析への動機は子どもと大きく変わらず、成人の動機も紛い物であることがある。自分をカウチに導いたことが単なる巡り合わせと思う患者は、自分の心の状態を観察して伝えることが数年に渡って出来ないし、外的世界で身につけた語彙が不適切であるため、「伝える」ことも出来ない。実際、成人は子どもと比べて長期間に渡って行動化する。発端は子どもと同様に最初の週末休暇に続いて始まる。さらに子どもと同様に「転移の集結」に伴って改善の期間が続くが、その後アクティングアウト・パターンを繰り返して、改善は砕けてゆく。ここより、「転移プロセスの自然史(破壊と修復を繰り返す精神分析の過程。本書第1〜5章。)」が始まっていく。

9.感想/議論したい点

 子どもが初回から懐く現象を、身近な人を投影してそこに転移を形成するという説明はとても分かりやすかった。積極的に転移を作りにいくスタイルという印象。一方、子どもから投影された役割を拒否することにはどのような意味があるのか。拒否と世話をするという両面が述べられており、精神分析家が子どもとの関係を作るために揺さぶっているようにも見えてしまう。精神分析過程に乗せるために精神分析家に目を向けさせる目的としても、これは如何なものか。また、そのための解釈は何を言うのだろうか。


D,メルツァー 精神分析過程 第1章 転移の集結(1967)解説

1.メルツァーの生涯

 1922年にアメリカのニュージャージー州で出生した。両親はユダヤ系リトアニア人の移民である。父親は実業家であり、メルツァーの興味を後押ししてくれる人であり、彼は父親を大変尊敬していたという。また、上に2人の姉がおり、彼は末っ子である。母親に関する記録は少なく、詳細は不明であるが、家庭はあたたかく、幸福であったという。幼少期の彼は勉強が苦手で、外でわんぱくに遊ぶような子どもであった。さらにはそれが行き過ぎて喧嘩になることもしばしばであったという。彼の幼少期に最も影響を与えたのが、8歳の時に両親とともに半年かけてヨーロッパ各地を旅行し、そこで建築や美術に強い興味を覚えたことであった。

 大学はエール大学に入学し、その後アルバート・アインシュタイン医学校に入学し、医学を学ぶようになった。卒業後はニューヨークのベルヴュー病院で研修を受けるようになった。そこでは精神病の子どもの治療に関わり、この時期にメラニー・クラインのことを知るようになった。ベルヴュー病院での研修の後は、ミズーリ州セントルイスにあるワシントン大学で精神科医としての訓練を受け、この時期に自我心理学派の精神分析家から精神分析を受けていた。その中で子どもの精神分析に携わることを考え、またロンドンに移住し、メラニー・クラインから訓練分析を受けたいと思うようになった。

 そこで、メルツァーは1952年(30歳)のアメリカ空軍に入隊し、その後異動願いを出し、1954年にロンドン勤務となった。それと同時にクラインから訓練分析を受けるようになった。その前後、彼はアメリカ空軍での業務は半ば放棄し、除隊となっている。また、メルツァーはシーガル、ローゼンフェルド、ベティ・ジョセフ、ビックなどからスーパービジョンを受け、精神分析家の資格を取得した。メラニー・クラインとの訓練分析は1960年(38歳)に突如、クラインが死亡したため、中断となっている。彼の同僚は別の精神分析家と精神分析を続けるように助言したが、彼はかたくなに拒んでいた。ちなみに、クラインが使っていたカウチやおもちゃは彼が譲り受けている。

 その後、開業臨床に携わる傍ら、彼は頻繁に海外へ講演などに出向き、積極的に活動していた。しかし、英国精神分析協会の中では政治的な軋轢があり、またトレーニングシステムの在り方や解釈技法、精神分析の頻度の問題で対立していた。またメルツァーも協会の年会費を払わなかったりしており、結果的に1985年(63歳)に訓練分析家の資格を剥奪され、英国精神分析協会からも脱退した。このことから、一時期は英国精神分析協会の訓練コースではメルツァーの業績については触れられないことが長期にわたって続いたようである。

 メルツァーは3回結婚しており、2番目の妻との間には3人の子どもがいる。また、それ以外に継子が3人いる。3番目の妻はマーサ・ハリスである。マーサ・ハリスは乳幼児観察の技法などで著名である。そのマーサ・ハリスは1986年に講演旅行中の自動車事故で亡くなっている。晩年は結婚はしなかったようだが、キャサリン・マック・スミスという女性と共に過ごしていた。そして、2004年8月13日(82歳)に死去した。

2.メルツァーの業績

(1)精神分析の自然史

 訓練を受けた精神分析家がおり、適切な設定が供給されると、精神分析は自然にどのように展開するのかを説明している。

  1. 転移の集結:投影の開始。設定への攻撃を解釈。
  2. 地理上の混乱を仕分けする:分離不安が高まり、大規模な投影同一化が働く。精神分析家と患者、大人と子ども、主体と対象を逆転させ、混乱に陥る。
  3. 領域の混乱を仕分けする:乳児的な部分、悪い部分の理想化が始まる。身体の領域が混乱する。それを授乳する乳房を確立する。
  4. 抑うつポジションの入り口:精神分析家に対する不信が出現し、攻撃に転じる。解釈によって安心できる機会が供給され、乳房への信頼が確立する。
  5. 離乳過程:終了することへの恐怖が出現。羨望の解消。自己の統合の確立。
(2)セクシャリティと倒錯

 小児性愛、病的性愛(倒錯)、成熟した性愛の区別を対象関係と構造論の視点から再定式化した。

  1. 成熟した性愛:性感領域における対象関係の統合の過程を通じて、結合対象との取り入れ同一化を介した関係性へと至るもの。小児性愛から質的に変容している。
  2. 小児性愛:イド衝動と自我との直接的結びつきが強調され、活発に投影同一化と分割理想化が働いている。取り入れ同一化に至っていない。
  3. 病的性愛(倒錯):倒錯の本質は良いものをその良さの外観を保ちつつ、悪いものへと変質させることである。幼児的人格部分の自己愛組織化が、人格の大人部分における振る舞いの主導権を脆弱化し、奪ってしまう。これらのよって抑うつ的な心の痛みから妄想分裂ポジションへと退行し、苦痛を誤魔化すのである。
(3)自閉症

 ビックの附着同一化を自閉症の理解の道具として活用

心的次元論

  1. 1次元:対象に近づくか遠ざかるかするだけの限定的な心的な活動。(重度の自閉症)
  2. 2次元:対象は表層的な意味しか持たない。くっつくことでしか関係を持てない。分離は破局として体験される。(高機能自閉症)
  3. 3次元:対象は奥行きを持つ空間として体験され、投影同一化が活発に作用する。(妄想分裂ポジション)
  4. 4次元:対象との健康な関係をもち、また継時的な連なりを体験できる。対象喪失の悲しみを享受できる。(抑うつポジション)
(4)メタ心理学の発展
  1. フロイト:力動的、発達的、構造的、経済的観点
  2. クライン:地理的観点
  3. ビオン:認識的観点
(5)夢
  1. フロイト:神経生理学的モデルに基づく脳の活動が夢である
  2. クライン:夢は無意識的空想、心的世界のある種の表現型
  3. ビオン:思索の理論

 メルツァーはビオンの思索の理論を用い、夢見ることを無意識的に考えること、という能動的な行為と定式化した。そのため、夢見ることは新しい意味を紡ぎだす創造的な活動である。また、夢と芸術活動との関連性についても言及。

(6)美的葛藤

 抑うつポジションを妄想分裂ポジションに先立つものとして転換した。

 乳児にとって母親は圧倒的な関心を喚起する対象であり、その関心は官能的である。美しさは謎めいており、それは強い衝撃的体験となる。この謎を知りたいという思いが認識欲求を刺激する。また、この衝撃体験が同時に痛みとしても経験される。

 このことは人生の最初期で体験されるのは妄想分裂的な不安ではなく、抑うつ的な不安であると言える。これを美的葛藤と言う。

 これまでのシーガルを主とした芸術理解は失われた対象の修復という意味合いであった。それは回帰するだけであり、創造性はない。一方でメルツァーは美的葛藤という中から対象を知りたい、発見したいという創造的な行為が芸術であるとしている。

(7)閉所

地理的観点

  • 外的世界
  • 子宮
  • 外的対象の内部
  • 内的対象の内部
  • 内的世界
  • どこでもないところ

侵入的同一化

 美的葛藤を適切に処理できず、その代わりに対象を所有し、支配し、貫通して内部に侵入したいという欲望が様々な弊害を引き起こす。

 自ら行った侵入のため、親密さや美の世界から締め出されてしまう。本質には触れられず、その受け売りや偽物を享受するしかなくなる。また、この世界は美に価値はなく、暴かれてしまう不安にさらされ、犯罪が価値をもつ世界となる。このような生活空間に閉じ込められることで、常に迫害的な不安を抱かざるを得なくなる。これが閉所恐怖である。

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2020-09-03