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フェティシズム(呪物崇拝)

フロイト後期の性倒錯についての1927年の論文「フェティシズム(呪物崇拝)」についての要約と解説である。フェティシズムとは失われた母親のペニスの否認であるとフロイトは言っている。そして、分裂というメカニズムが重要な役割を果たしている。

1.フェティシズム(呪物崇拝)(1927)の要約

(1)はじめに

ここ数年間、対象選択がフェティッシュに支配されていた男性達を精神分析的に調べたところ、フェティッシュを苦にして精神分析家のところに来たわけではない。彼ら自身はフェティッシュが異常なものだということに気づいているだろうが、それが病気の症状だと感じることは稀であった。

大抵、彼らはフェティッシュに満足しているか、フェティッシュのおかげで自分の性生活が楽しいものになったと歓迎した。フェティッシュは通常、付属的な所見くらいの役割を果たすものだった。

(2)ある若い男性の事例

フェティシズムの条件にある種の「鼻の光沢(グランツ)」を挙げていた。患者は子供の頃イギリスで教育を受け、その後ドイツに移住して母語をほぼ忘れていた。幼少時代の初期に由来するフェティッシュはドイツ語ではなく英語で読むと、「光沢(グランツ)」とは英語の《視線(グランス)》なのであり、「鼻の光沢」は≪鼻の視線≫だった。つまり、鼻がフェティッシュであり、他人には分からない特別な眩い光(グランツ リヒト)を与えた。

(3)フェティッシュの意味と目的

フェティッシュは、特定の、全く特別なペニスの代替物であり、幼少初期に大きな意味を持っていたが、後に失われたものである。このペニスは、普通は断念されるべきものだった。フェティッシュは、そのペニスを消滅から守る使命がある。フェティッシュとは女性(母親)のファルスの代替物である。男の子はこの女性のファルスの存在を信じ、それが存在しないことをなかなか認めない。

(4)「抑圧」と「否認」の概念の区別

男の子は女性がペニスを持たないことを知覚したのに、その知覚の事実を拒む。男の子は、もし女性が去勢されているなら、自分が持っているペニスもいつ取られるか分からないと考える。これに対して、自然が用意周到にもこの器官に備え付けておいたナルシシズムの一部が反抗する。「抑圧」という語でこの病理学的過程を指し示すことができる。

ナルシシズムについては以下を参照してください。

この過程で、表象の運命を情動の運命からもっと明確に区別するため、「抑圧」を情動に対してのみ使うなら、表象の運命に対しては「否認」を用いる。(女性にはファルスがないという)知覚が消えずに残り、その知覚に対する否認を保持する為の活動が見られる。子どもは、女性を観察した後も女性にファルスがあるという信念を変わらず持ち続けてはいるが、断念してもいる。望まぬ知覚の重みと反対欲求の強さとの葛藤の中、一次過程の支配下で初めて可能となるような、一つの妥協に至る。

心的なものの中では女性はそれでもなおペニスを持っているが、もはやかつてと同じものではない。何か別のものがそれに取って代わり、いわばその代替物となったのであり、今ではその何か別のものに、かつてのペニスに向けられていた関心が向けられる。この関心は異常に高まっていく。去勢に対する恐怖感がその代替物を作り出したのである。

抑圧を行ったことへの《消えることのない烙印》として、現実の女性性器に対してはその後もずっと疎遠な感じがしたままなのである(どのフェティシストにも認められる)。それは去勢の威嚇に対する勝利の印であり、その防衛措置であり続ける。

また、フェティッシュは、性的対象として許容できる性質を女性に与えることにより、フェティシストが同性愛者になるのを防ぐ。他の人々は、フェティッシュが性的な対象だとは分からないので、フェティッシュは拒否されずに、容易に近づくことができ、それに結びつく性的満足は容易に手に入れられる。

(5)去勢恐怖からなぜフェティッシュが定まるのか

女性性器を見た際の去勢恐怖は、おそらく男性なら誰でも経験していることだろうが、ある者は同性愛的になり、ある者はフェティッシュを作り出すことでその印象に対して防衛し、圧倒的多数のものはそれを克服できるのか。病的な結果を引き起こす決定的なものはまだ知られていない。

ここで何が起こったかを精神分析的に説明する。女性のファルスが存在しないと分かった後、その代替物に選ばれるのは、ペニスの象徴と見なされるような器官や対象だと推測するが、決まってそうなるわけではない。

フェティッシュが定まる際、外傷性健忘の際の想起の停止に似た過程を踏む。(性的)関心は途中で停止されているかのようであり、(女性性器を実際に目撃した際の)不気味で外傷的な印象に達する寸前の印象などがフェティッシュとして留められる。

  • 足や靴、あるいはその一部:男の子の好奇心が下から、脚から女性性器を覗う。
  • 毛皮やビロード:性器を覆う体毛を見たことを固定する。それに続き待ち焦がれていた女性のペニスが見えるはずだったからである。
  • 下着:脱衣の瞬間、女性にファルスがあると思っていられた最後の瞬間を留めている。

(6)神経症と精神病との本質的な違いに関する公理

フロイトは、思弁的な方法で神経症と精神病との本質的な違いに関する公理を発見した。神経症では自我が現実に奉仕してエスの一部を押さえ込むが、精神病では自我がエスにより強引に現実の一部から手を引かされる。

しかし、二人の若い男性を精神分析したところ、二人とも二歳と十歳の時父親が死んだことを認めようとしなかった(暗点化)。だが、二人とも精神病を呈していなかった。現実の重要な一断片が、自我によって否認されており、この否認はフェティシストの場合に女性の去勢という事実が否認されたのと似ている。

フロイトはこれと類似の出来事が子どもの生活では珍しくないことに気付き、神経症と精神病の自分の特徴づけの誤りが立証されたと思った。しかし、定式は、心的装置がより高度な分化を遂げた(大人の)場合にのみ、実証できればよかった。大人なら重い障害を負うという罰を受けなければならないことでも、子供にはそれが許され得たからである。

しかし、新たな精神分析的研究によって、矛盾は別の形で解決を見た。二人の男性は父の死を「暗点化」したのではない(フェティシストも女性の去勢を「暗点化」していない)。父の死を認めないのは、彼らの心の生活の一つの傾向にすぎず、別の傾向としては、この(父の死という)事実を完全に考慮に入れたものであり、欲望に即した態度と現実に即した態度とが併存している。

二つの事例のうち一つは、この分裂が中程度の重さの強迫神経症の土台となった。その患者はいつも二つの想定の間を揺れ動いた。一つは、父がまだ生きていて彼の活動を妨げるもので、もう一つは、自分には死んだ父の後継者だという権利があるというものだった。よって、精神病では、一方の傾向(現実に即した方の傾向)が欠如しているという予想を放棄しなくてもよいのである。

(7)女性の去勢の問題に対して分裂の態度をとること

女性の去勢を否認しながらそれを主張するという分裂した態度がみられる症例もある。

ある男性のフェティッシュは、水泳パンツとして使えるような恥部を隠す帯だった(性器や性器の差異を隠ぺいするもの)。精神分析では、それは、女性が去勢されていることと、去勢されていないことの双方を意味した。さらに男性の去勢をも仮定した。

この帯が選ばれたのは、幼少期に彫像で見た(恥部を覆い隠す)無花果の葉であり、この帯の背後なら、これら全ての可能性が隠ぺいできたからである。このようなフェティッシュは、対立するものを二重に結び付けているため長持ちする。

他の症例では分裂は、フェティシストが― 実際の現実の中か、空想の中で ―フェティッシュを用いて行う行為に現れる。

フェティシストは、フェティッシュを崇拝するだけでなく、多くは、明らかに去勢の描写に等しい仕方でフェティッシュを扱う。とりわけ父親との強い同一化の場合に(フェティシストが父親の役割を演じている場合に)認められる。子どもは父親が女性の去勢を行ったと考える。フェティッシュを扱う際の敵意と情愛は、それぞれ去勢の否認と承認に対応する。

両者が混交する程度は症例ごとに異なる(例:お下げ髪切断魔)。そこでは、去勢を否定しておきながら、それを遂行したいという欲求が前面に出たのである。この行為は、その中に二つの相容れない主張(女性はペニスを保持している、父親が女性を去勢した)を統合している。

(8)中国のてんそく

てんそくとは女性の足を短く歪め、その足をフェティッシュのように崇める。フェティシズムの民族心理学的類似物である。中国人男性は、女性が去勢を受けたことを女性に感謝したいのだと考えられる。

最後に、フェティッシュの通常の原型は男性のペニスであり、劣等な器官の通常の原型はクリトリスなのだと言うことができる。

(9)感想と議論したい事

万能の自己を母親に投影しようとしても、母親がもはや全能の存在ではないと知ってしまったとき、自分のナルシシズムの行き先を失い、その結果、人間ではなく物なのに投影することでフェティッシュができるのかなと思いました。フェティッシュの対象は、自分の万能感を確認できるもの、崇拝できるもの、というものなのかなと思いました。

その人にとってどのような体験から形成されるのか、皆さんが担当されている事例で思い当たるものがあれば、教えていただきたいです(母親の育児放棄等?)。

2.フェティシズム(呪物崇拝)(1927)の解説

(1)ポイント

フェティシズムの起源は、存在を信じて諦めようとしない母親のペニスの代理物であり、強烈な去勢不安に対する勝利の印であり、防壁となっている。

分裂と否認の機制が活発に作用している。

(2)性倒錯についてのフロイトの見解の変遷

  1. 1905年 「性欲論三篇」において、「フェティッシュの選択はたいてい、早期幼児期に受けた何らかの性的な印象の名残である」と短く記載している。
  2. 1907年 「グラディーヴァにおける妄想の夢」においても、上記と同様のことを主張している。
  3. 1909年 「フェティシズムの起源について」という演題でウィーン精神分析学会で発表しているが、未刊行のため、現在では内容は不明。
  4. 1909年 「強迫神経症の一例についての見解(鼠男)」の中で、フェティシズムと嗅覚の快感との関係に言及。
  5. 1910年 「性欲論三篇」の第2版の脚注において、「フェティッシュは女性の失われたペニスを表している」という重要な主張が初めて盛り込まれた。
  6. 1910年 「レオナルドダヴィンチの幼少期のある思い出」でも、上記と同様の主張。
  7. 1914年 国際精神分析学会の演題において「足へのフェティシズムの症例」を発表し、フェティッシュとして足が選ばれるのかという問題に関して、「女性性器への下方からの接近である」という考え方を提出。
  8. 1916-17年 「精神分析入門講義」の第22講において、上記とよく似た症例を書いている。

(3)フェティシズムを含む倒錯の分類

a.性対象倒錯

(a)性対象倒錯のスペクトラム
  • 絶対的対象倒錯者
  • 両性的対象倒錯者
  • 機会的対象倒錯者
(b)性対象倒錯の種類
  • 同性愛
  • 小児愛
  • 老人愛
  • 死体愛
  • 動物愛
  • フェティシズム

b.性目標倒錯

(a)性目標倒錯とは
  • 性的結合のために決られている身体領域から解剖学上はみ出しまうこと
  • 最終的な性目標へ至る途上での中間段階逗留
(b)性目標倒錯の種類
  • 性器以外の身体部位で行われる行為。口唇粘膜および口腔粘膜の性的な利用、肛門開口部の性的な利用、それ以外の身体部位の利用
  • 正常な性目標の困難が準備段階にある行為を、正常な性目標に置き換えて新しい目標とする。触ること、見ること。
  • サディズムとマゾヒズム

(4)倒錯とは

  • 倒錯は神経症の陰画
  • 同性愛は神経症的な葛藤を防衛するための一つの在り方である。つまり、去勢不安を回避し、エディプスコンプレックスの解消とは別の道をたどった結果である。
  • ジレスピW,H.は「倒錯は神経症構造にいたりはしないが、精神病のような崩壊を起こさない構造」としている。
  • クライン派精神分析は全ての倒錯を、性愛性を歪曲する衝動である死の欲動の表れであるとみなしている。
  • ジョセフは転移に倒錯的関係が持ち込まれる症例を報告。
  • つまり、倒錯は単に欲望の矛先の置き換えの問題ではなく、パーソナリティ、死の欲動、羨望、破壊衝動、攻撃性、精神病的不安、病理構造体といった人間全体を覆う構造的なものである。

(5)分裂と否認

  • フェティシズムを単に性倒錯の一つである、と理解するだけでは不十分である。
  • フェティシズムを形作っている作用として重要な機制に分裂と否認がある。
  • 「防衛過程における自我の分裂(1940)」という短い未完の論文があるが、ここでも「私」や自我は単一に機能しているわけではなく、全く相容れない別のものが葛藤なく同時並行に機能し、その間には断絶がある、ということを示した。
  • つまり、色々な「私」、色々な「自分」がいるということである。
  • これは後の対象関係論的精神分析やクライン派精神分析の中ではなくてはならない重要な視座となっていった。特に境界例や精神病といった重篤な病理を読み解くのに必須の概念である。

(6)フェティシズムと移行対象

a.共通項

  • いずれも本来の欲望の対象とは違う別の対象に思いの矛先を向けることである。
  • ウィニコットも移行対象の防衛的な側面について多少触れているところもある。

ドナルド・ウィニコットの写真

図1 ドナルド・ウィニコットの写真

b.相違項

  • 主が防衛的であるか、発達促進的であるかの違いは大きい。
  • フェティシズムには性的な充足に重きが置かれているが、移行対象は愛着の満足に重きが置かれている。
  • フェティシズムは永続的であるが、移行対象は一時的なものである。

3.さいごに

このような精神分析について興味のある方は以下のページをご参照してください。

4.文献