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公開:2020-05-25 更新:2020-07-13

B,ジョセフ 転移:全体状況として(1985)

B,ジョセフの近影

図1 ベティ・ジョセフの近影

目次

  1. 要約
    1. 転移理解の変遷
    2. 全体状況という概念
    3. 材1.大学院のゼミでの症例
    4. 素材2.ジョセフのケースN
      1. 患者が雰囲気を通して伝える万能感的な幻想
      2. 早期の対象関係の実演と行動化への引き込み
      3. 過去との関係を解釈するタイミングについて
    5. 素材3.ジョセフのケースC
    6. まとめ
    7. 感想
    8. 疑問点・議論したい点
  2. 解説
    1. ベティ・ジョセフの生涯
    2. 全体状況としての転移
    3. 心的平衡
    4. エナクトメント
    5. 解釈
    6. ジョセフの語り
  3. PDFファイル

B,ジョセフ 転移:全体状況として(1985)要約

1.転移理解の変遷

 フロイトは最初、「妨げ」として見ていた転移を「精神分析過程に不可欠の道具」と見るようになった。

 ストレイチーは、転移されている事柄は主に子どもの過去の外的対象ではなく内的対象であること、これらの対象が構成される方法を探求することで、精神分析過程がどのように変化を生み出すかを理解する手助けになること、等を明らかにした。

 メラニー・クラインは転移の起源(1952)の中で、「私の経験では、転移の詳細を解明するには、感情、防衛、対象関係の視点から考えることはもちろん、過去から現在へと転移される全体状況の視点から考えることが不可欠である」と書いている。

 この全体状況という概念が今日の転移に関する理解と使用にとって根本的なものであると思われ、さらに探求していきたい。

2.全体状況という概念

 全体状況という概念には、定義上、患者が関係の中に持ち込む全てを含まなければならない。患者が関係の中に持ち込むことを判断するには、患者が言語化していることに注意するだけでなく、関係の中で起こっていることや患者による精神分析家の使用に注意を集中させることが必要。

 特に、患者が関係の中に持ち込むことのうち、幼児期から作られ、その後の経験を通して精巧なものに仕上げられた患者の内的世界の様相や言葉を超えた経験は、私たちの逆転移を通してのみ捉えることができる。

 私たちが使用されているという概念や常に起こっている何かという概念は、私たちがそれに気付くことができさえすれば、以下のような転移の多くの側面を明らかにしてくれる。

  • どのような解釈も、患者とその機能の仕方に特有の仕方で患者の中で共鳴しているはずで、純粋な解釈というものはない。
  • どんな瞬間でも、患者が機能している水準とその不安の性質は、転移が能動的に使用されていることに気付こうと努めることで一番よく理解できる。
  • 転移の中で見えてくる変動は、実際の心的変化へと至る事柄の重要な部分である。

 転移されている全体状況の視点から考えると、これらの点は明確。素材の断片を取り上げて、実例で示す。

3.素材1.大学院のゼミでの症例

 彼女はスキゾイドで怒りっぽく、気持ちの通じない両親との不幸な子ども時代があったであろう人であった。患者はさまざまな連想を語り、一見論理的な意見を述べていたが、精神分析家は、そのセッションでの精神分析とその結果について不満を抱いていた。この事例を大学院生のゼミで検討。ゼミの人々は解釈が適切だと感じた。ゼミの中では、さらに患者を理解しようと熱心に検討され、色々な意見が出たが、誰も自分の意見に満足できず、人の意見にも満足できなかった。

 患者の内的世界の投影が起き、精神分析家もゼミの人々も、患者の言語化した内容から理解しようと奮闘することで、子ども/患者を理解できないのに理解できるかのように振る舞う母親を実演させられていた(患者自身の防衛システムの実演)。

 ここでの転移の手がかりは私たちの逆転移(推測しなければならないと考え、何としても理解するようプレッシャーをかけられている感じ)である。

 言語化されている部分だけで精神分析する場合、転移の中で行動化されている対象関係を認識できない。患者の人格の岩床を形成している「理解していない母親と理解してもらえないと感じている幼児」という対象関係に到達できず、永続する真の心的変化は不可能。

 言語化されている部分だけを扱う解釈は人格のより大人の部分だけに触れることになるが、真に理解されることを必要としている部分は精神分析家にかけようと持ち込まれるプレッシャーを通して伝えられる。これによって、患者の早期対象関係や防衛組織の性質および患者が葛藤の全体を伝達する仕方が転移の中で実演されるのを感じることができる。さらに、事例を通してこの点を述べる。

4.素材2.ジョセフのケースN

(1)患者が雰囲気を通して伝える万能感的な幻想

 Nは男性。末っ子で母親のお気に入りだったが、父親とはとても不幸な関係。父親はかなり冷酷な男性だったが、両親は生涯離婚しなかった。長年の精神分析によって進歩しているが不十分。どんな問題も十分に精神分析がなされることはなかった。いつも彼とのセッションは大変なのに、私(ジョセフ)が彼とのセッションを好んでいて、漠然と心地よさを感じていることに気付く。

 この“心地よさ”という逆転移を手がかりに彼の素材を検討していくと、私がどんな解釈をしようと、彼には自分には特別な場所があって変化する必要がないという確信があることに気付く。この彼の確信には、私が特別の愛着を彼に抱いていて、私のために彼が居なくなって欲しくないと思っているという見解を含み、これが“心地よさ”という逆転移の基礎になっていた。ここでの彼の無意識の確信を解釈。Nの洞察が痛みを伴って姿を現した。

 重要なのは、第一に基底にある思い込みを明るみに出すこと。その結果どんなに苦しくてもそれらは転移において彼の心的現実として経験される。生活史と関連づけて解釈するのは、ずっと後で徐々にされるべき。

(2)早期の対象関係の実演と行動化への引き込み

 Nは無意識の確信の洞察にも関わらず、まだ、ある種の受動的で絶望的なマゾヒズムに巻き込まれがち。

 Nの報告した夢にもマゾヒズムが示されており、私は彼が進歩を得るよりも苦しみを伴う崩壊の状況に夢中になる傾向を解釈。翌日のセッションで彼は解釈を肯定するような話をする。それはある意味で洞察だったが、表面的な印象。私が進歩への対抗のようなことが行われていることを解釈。彼は陰気な声で「本当に作業したり協力したりしたがっている部分は、私の中にはなさそうだ」と答える。私は、実際に精神分析に来ているのだからそれは全く本当とは思えないと彼に説明し始めるが、それは、作業することができる部分が投影されているかのように、私が彼自身の積極的な部分を演じていることに気付いて、彼に、積極的な部分が本当に無いように振る舞わせようとする彼の罠であることを示す。

 その後、彼は、寄宿学校でみじめな生活を送っていた時に、こっそりとタバコを吸っていたが、それにはあまり喜びが無かったことを報告。私は、戦いや罠をかけることに伴う興奮を感じていること、その興奮が最近のセッションの間に弱まったことに彼が気付いていること、それは進歩だがそれを認めることは私に対する敗北で自らの喜びの放棄も意味すること、を理解。彼は肯定して、閉じ込められていた感覚がなくなったこと、一方で、恨みの感情を抱いていることを報告。彼は「それでも、私はあなたがあまりに早く離れてしまったと思う」と言った。私は「あまりに早く」と彼が言ったのは、閉じ込められているという彼の問題を私が本当に精神分析しないで、その状態から出すように引っ張り誘惑しているように感じているように聴こえることを指摘。彼は、興奮した温かい感情に巻き込まれることへの恐れもあると反応。セッションが終わる寸前に、彼は、誘惑することに対する不安、子犬のような興奮した温かい感情に巻き込まれる恐れから、彼の中の温かさや感謝を私に投影している点について同意した。

 この素材では、夢がセッションの中で実演されることによって意味がかなり正確に明らかになることを示した。転移が意味と生活史に満ちたものであることを示した。転移は常に何かが起こっている関係であり、この何かとは、患者の過去や内的対象との関係、内的対象についての思い、内的対象の内容などに基づいたものである。

 患者が連続性と個別性の感覚を確立し、ある種の分離を達成し、過去の早期の歪められた感覚から解放するのを助けるために、転移から過去へと関連をつける必要がある。

 転移の中での動きや葛藤を追跡することによって私たちにできるのは、患者が近づけないか一時的にしか経験できない関係の中での情感を再び生き生きとしたものにすることで、それらが転移にしっかりと根付くことができるようにすること。

(3)過去との関係を解釈するタイミングについて

 セッションで起こっていることとの関連が失われ、一種の説明的な議論や練習問題になってしまう場合、関連づけはせず、熱が冷め、患者が自分自身や理解し関連づけしたい状況と十分接触するまで待つことが大切。

5.素材3.ジョセフのケースC

 強迫的な人格、さまざまな心配を語る。私が内部に安全でいたいという彼の欲求を解釈したことに対して、彼は肯定する応答を示していた。私たちの考えは完全に波長のあっているものとして経験されており、分離の問題が回避されていた。私がこのことを指摘すると、彼は「ナイフが刺さったような感じでした」と言った。

 この素材では、解釈が手助けとなる説明として経験されず、防衛的に入り込むことのできる具体的な対象として使用されていること、患者が抑うつポジションに近い時を除くと解釈が解釈として純粋に聞かれることが稀なこと、を示した。

 防衛が実演されているのに、解釈や理解が連想レベルに留まるなら偽成熟、神経症的な組織に引きずり込まれ、精神病的な不安や防衛を見失ってしまうため、全体状況や精神分析家とその言葉が使われる方法のレベルでの解釈や理解が必要。

 原始的防衛を使う患者は、解釈を違ったように「聞く」あるいは「使用する」傾向がある。

6.まとめ

  • 常に動きと変化がある生きている関係として転移を捉えることの重要性を強調。
  • 重要なことはすべて転移の中で何らかの仕方で実演されることを示した。
  • 精神分析家のすべては患者自身の心的構造に従って反応されることを示した。
  • 患者の問題はしばしば逆転移によってのみキャッチできることを論じた。

7.感想

 患者の語る内容だけでなく、自分がどのように使われるか、どのようにさせられるか、を理解することの重要性に賛同。そのためにも、話を聴いて考えや気持ちが動かされながらもそれらを客観視することが重要だと思った。

8.疑問点・議論したい点

・過去との関係を解釈するタイミングについて「練習問題になってしまう場合、」という記述があるが?
・「重要なのは、第一に基底にある思い込みを明るみに出すこと。その結果どんなに苦しくてもそれらは転移において彼の心的現実として経験される。」とあるが、患者が受け入れがたい思い込みだと反治療的になることがあるのでは? 
・逆転移、逆転移と言わなくても患者と関わっていて生じる自分の感情、考え、身体感覚、をどのように活用しているか?どのように持ちこたえているか?


B,ジョセフ 転移:全体状況として(1985)解説

1.ベティ・ジョセフの生涯

 1917年3月7 日にイギリスのバーミンガムのエッジバストンで3人同胞の中の2番目として出生した。父親は電気技師のヘンリー・ジョセフ、母親はネニーメイ・ジョセフであり、ユダヤ人である。父親の家系は18世紀にフランスのアルザスから移住してきている。また、父親と兄は電気工学会社を設立し、成功をおさめている。母親は非常に強く、家族はみな、母親に依存していたという。ベティはウルバーハンプトン女子高で学んだ後、バーミンガムでソーシャルワーカーとしての訓練を受けた。その後、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスでも訓練を受け、1940年代の最初の方でソーシャルワーカーの資格を取得した。また、第二次世界大戦中では民間軍事会社でトラック運転手をし、戦災にあった子どもの避難に協力していた。この頃には共産主義思想にも傾倒していたようでもあった。

 次第に、精神分析に興味を持つようになり、大戦後の1945年(28歳)からマイケル・バリントの訓練分析を受け、1949年(32歳)で精神分析家の資格を取得した。しかし、バリントとの訓練分析は彼女には不十分だったため、さらに、その後にハイマンからも精神分析を1951年から1954年まで受けている。また、同時期にはシーガルからスーパービジョンを受けていた。精神分析家になった後、彼女は精神分析家に向いてないと悩み、精神分析家を辞めることを真剣に考えていたこともあるとのこと。

 60歳を超えるあたりから、全体状況やhere and nowを徹底的に精神分析するアプローチを独自に理論展開させていった。1989年に「心的平衡と心的変化」を出版。1991年から2006年までメラニークライントラストの議長を務め、1995年にはシガニー賞(国際精神分析学会:精神分析に対する貢献をした人を選ぶ)を受賞した。ベティ・ジョセフは40年にわたって、固定メンバーによって続けられているワークショップがあり、そこには、シュタイナー、ブリトン、フェルドマン、オーショーネシー、アンダーソン、テイラーといった現代クライン派を代表する精神分析家が名を連ねている。彼らでもベティ・ジョセフを前にすると強い緊張を覚えていたというエピソードもある。

 私生活はあまり知られてはいないが、結婚は生涯しなかったようである。90歳を超えてもなお現役であったが、2013年4月4日にロンドンのクリフトンヒルの自宅で心臓病により96歳で亡くなった。

2.全体状況としての転移

 本論文で主に取り上げられている。ベティ・ジョセフは、転移されるものはフロイトやクラインが述べたように、過去や過去の重要人物ではなく、現在の内的対象関係であるとしている。そのため、自由連想で語られる言葉だけではなく、振る舞いや態度、雰囲気といった非言語的な事柄をも取り上げる。ライヒの性格分析をその原型に見ることもできるだろう。

3.心的平衡

 自己愛構造体(ローゼンフェルド)と病理的組織化(スタイナー)をつなぐ概念として理解できる。変化を求めているようでいて、無意識的には実は変化を求めず、現状維持に努めようとする心の在り方。PSポジションに対してもDポジションに対しても不安や恐怖を惹起するため、治療中の進展を含めた、あらゆる変化に対して抵抗する。

4.エナクトメント

 心的平衡を維持するため、セラピストを構造化された防衛システムに組み入れられる。セラピストはクライエントのアクティングインに巻き込まれ、同様のことを再演してしまう。セラピスト自身がどのようにクライエントに使用されているのかに着目することで、クライエントの心的世界を理解できる。しかし、これらは言葉以前の現象なので、知的な理解では到達することはできず、逆転移によってしか原理的にはとらえることができない。

5.解釈

 このため、解釈は常にhere and nowであり、現在生起している生々しい情緒体験に向けて行われる。再構成の解釈は現在の生々しい情緒体験を否認するために用いられてしまうとベティ・ジョセフは考えている。

 しかし、一方ではローゼンフェルドは生育史の把握を重視し、そのデータと転移の素材とを結びつけることが行き詰まりの打開となるとしている。また、シーガルは過去の象徴的な解釈をそのまま行っている。

6.ジョセフの語り

 Youtubeでジョセフの語りを聞くことができるので、以下に挙げておく。

図2 Meeting Betty Joseph

PDFファイル

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